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大坂なおみ選手が背負った苦悩?覚悟?そして家族の絆を深める無言の約束!?誰かのためにこそ人は強くなれる。

2019/07/06
 
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連日大坂選手の功績が日本のいたるところでいわれていますが、メディアの前ではいつも笑顔で爽やかな印象の彼女ですが、やはり色々と背負ったものもあったようです。

「おかあさんは私のために多くの犠牲を払ってくれました。」

このセリフは先日メディアに彼女自身が語ったセリフです。

大坂なおみ選手のお母さん環さんへの大変熱い気持ちが伝わってくる表現ですね。

大坂家は結婚したのは日本でしたが、なおみさんが3歳になる頃家族で渡米しました。

お父さんの竿ナルド氏はテニスコーチとして働き。環さんは日経企業で働いていましたが、生活あまり豊かではなかったそうです。

きっかけは姉妹の試合だった!?

ある日ウィリアム姉妹の試合を見たとき、環さんとレオナルドさんは、娘たちを絶対にプロのテニスプレーヤーに育てることを決意しそこから猛特訓がはじまったと言われています。

けして豊ではない家庭だったのに、娘の猛特訓をはじめるなんて、すごすぎます…

ボールがそれこそボロボロになるまで使っていたそうです。

練習はレオナルド氏が、そして食事管理には母の環さんが徹底的に管理していたそうです。

ジュニアの試合にもスクールにも行かせていなかった。

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ゴルフの世界でもまれにありますが、お父さんが全部教えてしまうという教育。

横峯さくらさんもこのタイプでしたが大坂選手もこのタイプですね。

そしてジュニアの試合にも参加させないというのも勇気がいる決断だったと思います。

そこまでした動機はおそらく、悪い癖がついたり、勝って慢心して練習がおろそかになってしまうのを防ぐためだったのではないでしょうか?

そして14歳でプロ入りを果たしました。

母との絆

そういった練習の環境に家族全員でいたからこそ家族の絆はとても深くなりました。

環さんは渡米した先で、生活もけして豊ではなかったですし、いわれのない差別もうけたようですが、いつもなおみさんやお姉さんのことを一番に考えていたそうです。

そういった気持ちがいつしかなおみさんの中に「ママとの夢をかなえたい!」という決意をうんだのでした。

 

感想

人は自分のためだけに戦っているようではいつか勝てなくなるよと昔ある人の教わりました。

その当時が「ダサい」と思っていましたが、それは人間は利己てきなものではなく。根源は利他てきな存在だからとそれから何年かして気づかされました。

子供のために、愛する人のために、そういった思いが決して折れない不屈の精神を作っているように感じました。

これからも光輝くプレイヤーでいてほしいですね!!

 

 

 

 

 

 

 

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